タグ:歴史

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    1: しじみ ★ 2018/12/23(日) 18:03:47.71 ID:CAP_USER
     江戸幕府の礎を築いた3代将軍、徳川家光が描いた動物画の実物が来年3月、東京都府中市の府中市美術館で開かれる展覧会で初めて公開される。名将のイメージとは正反対の脱力感のある絵で、ほかにも伊藤若冲や長沢芦雪(ろせつ)など奇想の画家が技巧に固執せず描いた水墨画などが並ぶ。展覧会のタイトルは「へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」。

     19日、概要が東京都内で発表された。約140点が展示されるが、そのうち44点は初公開という。家光の「木兎(みみずく)図」と「兎(うさぎ)図」は、何とも可愛らしい存在感で目を引く。

     「木兎図」は東京都文京区の養源寺に保管されていた。丸い形をした両耳やとぼけた表情を向けるが、目は墨で何重にも重ね、羽も細やかに描かれている。「兎図」は、数年前に京都で見つかり、大きな黒目のウサギが切り株の上にちょこんとたたずむ姿は味わい深い。

     府中市美術館によると、家光は政務の傍ら絵をたしなみ、家臣に作品を与えることもあったという。作品はこれまで10点弱しか見つかっていないが、いずれもこうした素朴な画風が特徴的だという。

     ほかにも、伊藤若冲の「福禄寿図」は福禄寿の頭部が餅のように長く伸び、仙厓(せんがい)義梵の「十六羅漢図」は羅漢の目からビームのようなものが出ており、笑いを誘う。

     府中市美術館の金子信久学芸員は「誰もが、完璧ではない不格好で不完全なものに心ひかれることがある。それを意図的に作り出す、感性や創作性がある」と話す。

     また、江戸時代の画家長沢芦雪が描いた珍しい初公開作品も見どころの一つだ。子孫繁栄の理想像として描かる「郭子儀図」は、緻密(ちみつ)で入念に彩色されており、大胆で自由な画風を好んで「奇想の画家」とされる芦雪の意外な一面が垣間見られる。

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    朝日新聞デジタル
    https://www.asahi.com/articles/ASLDM3V5YLDMUCLV007.html

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    1: しじみ ★ 2018/12/22(土) 18:46:18.26 ID:CAP_USER
    人類の歴史の中で「生きる時代として最悪の年」としては、ヨーロッパ人口の3分の1~3分の2が死亡したとされる黒死病が大流行した1347年、ホロコーストのあった1941年~1945年の間、そしてインフルエンザが大流行し1億人の死者を出した1918年などが候補として考えられます。しかし、ハーバード大学の研究者は、多くの人が考え至らなかったであろう「西暦536年」を「最悪の年」として挙げています。536年に何が起こったのかが、最新の研究で詳しく示されました。

    Alpine ice-core evidence for the transformation of the European monetary system, AD 640–670 | Antiquity | Cambridge Core
    https://www.cambridge.org/core/journals/antiquity/article/alpine-icecore-evidence-for-the-transformation-of-the-european-monetary-system-ad-640670/0727B4230C5DA92634B6251B9FBD3898

    Why 536 was ‘the worst year to be alive’ | Science | AAAS
    https://www.sciencemag.org/news/2018/11/why-536-was-worst-year-be-alive

    Scientists Have Determined The Worst Year to Be Alive in Human History
    https://www.sciencealert.com/scientists-have-determined-the-worst-year-in-human-history

    ハーバード大学の考古学者であるマイケル・マコーミック博士は536年について「生きるのに最悪の年ではなくとも、最悪の期間の始まりだった」と述べています。

    西暦536年は東ローマ帝国でユスティニアヌス1世が統治して約10年ほどたった頃。多少の小競り合いはあったものの、伝染病が広まっていたわけでも、大虐殺があったわけでもありません。


    しかし、謎の霧が空を覆い太陽の光を遮断し、地球上の温度が急降下したことから、536年以降は何年も世界中で干ばつ、不作、食糧危機といったカオスが続きました。夏でも気温は1.5~2.5度ほどしかなく、中国では雪が降ったとされています。歴史家のプロコピオスは「多くの恐怖の前兆が、今年1年の間で起こりました。太陽はまるで月のように年中明るさのない光を発し、日食のようでした」と記しています。

    南極の氷床コアやグリーンランドの樹木の年輪、そしてその後の火山活動といった証拠から、536年には大規模な火山噴火があったことが示されているとのこと。これらによって短期間のうちに世界中の気温が低下し、飢餓がまん延したのです。

    恒久的な氷堆積物が徐々に積み上がる氷床コアは、考古学的な研究の重要なリソースです。目的の年代の氷床コアを見ると、その年代の大気に何が起こったのかを見ることが可能になります。

    西暦536年の氷床コアにはテフラと呼ばれる火山灰や破片の堆積物が含まれており、火山活動があったことが示されているとのこと。また、グリーンランドと南極の氷床コアは540年に2度目の火山噴火があったことを示しており、これが世界的な混乱を長引かせました。さらに541年にはペストが大流行し、状況はさらに悪化したといいます。

    しかし、研究チームはスイスとイタリアの国境付近にある氷床コアを詳細に分析した結果から、640年の氷床コアに鉛が混じっていたことを発見。鉛による環境汚染自体はよいこととは言えませんが、これは人類が採掘や、鉛鉱から銀の精錬を始めたことを意味します。その後、660年、695年には人類が銀貨を鋳造したことも示されています。研究者によると、金属を再利用するのではなく新たな採鉱が行われたということは、経済の回復を示しているとのこと。ただし、この時点で火山が噴火してから100年以上が経過しています。

    なお、1349年から1353年の間も大気中から鉛が消えており、経済が悪化したことが示されていたとのこと。この期間は黒死病が大流行した時期であることから、氷床コアに含まれる火山灰に加えて鉛を調べることで、歴史的なイベントを調べることができると研究者は発表しています。

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    関連スレ
    【考古学】人類史上最悪の年紀元後536年だと決定 ハーバード大研究者が選ぶ
    https://egg.5ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1542418970/

    GIGAZINE
    https://gigazine.net/news/20181222-worst-year-in-human-history/

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    1: 田杉山脈 ★ 2018/11/11(日) 02:34:36.10 ID:CAP_USER
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    とあるソフトウェアエンジニアが42歳という若さでこの世を去り、5年が経とうとしている。31歳でブロックチェーンの先駆けたるP2P技術を実現し、34歳で京都府警に逮捕された。無罪を勝ち取るまでに7年かかり、カムバック後、心臓の病であっという間に天国へ。もしも生前の彼が、いかんなく能力を発揮していたら? あるいは彼がいまも生きていたら…。仮想通貨に一喜一憂する日本のIT業界に、ぽっかり空いた「金子勇」という穴。その大きさを語り告ぐために、若きフォロワーが奮闘している。

    イノヴェイターとして脂ののった時期にWinny事件で逮捕され、紆余曲折を経て無罪を勝ち取ったものの、あっという間に他界した不世出の天才。金子勇がたどった無念の生涯は、「出る杭が打たれる」の典型といえるだろう。

    その社会的損失の大きさを伝えるべく、2018年現在、いろんな立場の人間が表現方法を模索している。なかでもユニークなのが、事件の映画化を目論む古橋智史だ。

    「出る杭が打たれない。そういう国にしたいと、本気で考えているんですよね」

    古橋はIT系ヴェンチャー企業「スマートキャンプ」を率いる現役の経営者。金子からみて18歳年下の、若きフォロワーだ。彼は仕事の合間にクラウドファンディングで資金を募り、スタッフ集めや脚本づくりに奔走しつつ、金子の知人と会う機会をつくり、その生き様について教えを乞うている。

    そんな古橋に手を差し伸べるのは、株式会社Skeed。あのWinnyにおいて問題となった部分を改良・商用化すべく、生前の金子とその仲間が創業したスタートアップだ。代表取締役の明石昌也は、金子の右腕として辣腕を振るった経験をもつ。

    「ぜひ金子さんのことを、多くの人に知ってほしい。彼は発想の天才で、Winnyは彼の生んだプロダクトのひとつに過ぎない。なのに、あの事件が、彼から貴重な7年間を奪った。最先端にいる研究者の前途を潰したんです」

    わたしたち日本人にとって、それは間違いなく悲劇だった。

    7年間を覆ったWinnyという「影」

    2002年に発表されるや否や爆発的に普及したファイル共有ソフトWinny1(Winny version1)は、データ転送における優れたアルゴリズムに加え、高い「匿名性」を実現していた。それゆえ、一部のユーザーが違法に入手した映画や音楽などの商用データ、果てはコンピューターウイルスまでWinnyにアップロードし、世界中に拡散するという事件が頻発。その結果、Winny1の開発者である金子までが(厳密にはWinny2を開発したかどで)「著作権法違反幇助」の嫌疑をかけられ、2004年に逮捕、起訴される。

    ツールを悪用した人物ではなく、ツールをつくったプログラマーに「悪意があった」とするのは過剰かつ不当な対応だ。そもそもWinny自体は合法なファイルも共有できる。いまでいえば、YouTubeに著作権違反の動画がアップされるたびに、YouTubeの経営者が投獄されるようなものである。

    現在では、動画や音楽などの配信サーヴィスに違法なデータがアップロードされた場合、著作権者が申し立てれば運営側が削除する、という対応が一般的だ。ところが当時のWinnyは、問題の起きたファイルを削除する機能を搭載していなかった。金子はWinnyにその機能を付加する方法を考えついていたが、京都府警に拘留されてしまった結果、開発を継続できなくなる(その後、Winnyを引き継いだSkeed社製品に搭載)。

    世界を変えるほどの新しい技術は、未知へのチャレンジ精神が生み出すものだ。しかし、それが誰にどう使われるか、何がどう課題となるのかは、世に問うてみなければわからない。本質的に、研究とは「守られるべき存在」であり、技術とは「改良し続けるべきもの」だ。しかし、当時の警察にはそういった深慮が欠けていた。


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    1: 風吹けば名無し 2018/09/27(木) 22:57:36.00 ID:saV1+wis0
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    1: 名無しさん@おーぷん 2018/09/16(日)12:11:54 ID:d3X
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    【【衝撃】自動ドアさん、古代エジプトに既にあった】の続きを読む

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